「鎌高座談会」 Vol.3

 

vol.3「195をツクル・パリとオスカルとファッションと自由と」

 

 

 

K  海外に行ったきっかけはその行動力にあるんですか。

 

鈴木  行動力があると思ったことはあまりないのだけど、海外に行くきっかけ?それはね、私はフランスのパリなんだけれども、フランスが好きだったの。それはね単純にベルサイユのばらが大好きで。それHPとか必ず出て来るんだけど、ベルばらが好きというよりオスカルが大好き。知ってる?

 

どんな大人になりたいかって、そりゃオスカル!

 

K    新聞とかで

 

鈴木  そうそう実はねいいこと聞いた。私誰が好きってオスカルなんですよ。オスカルが好きで好きで、ちょうど小学生の頃であのマンガによりフランスの歴史、多分この年代て皆そうなんだけど世界史の中でもそこだけは何が出ても覚えてる。ベルサイユ宮殿で17◎◎年、絶対覚えられる位、詳しく描いてある。マンガの中にね。

で中でもあれ殆ど本当のことなんだけれどもオスカルだけは本当の人物ではなくて挿入された人なの。

とっても素敵で、これは色んな人に言ってるんだけども、私が東京モード学園の先生やってる頃ってプライベートが一切ない位大変だったんだけれど、その時何が大変かって瞬時に決断を色々やんなきゃいけないのね。色んな事を毎回決めなきゃいけない。それでも決められない時はいつでも心の中で「オスカルだったらどうするかな」(一同(笑))。

 

 

決められないのは何かって言うと、この上司の手前これをしなきゃなんないし、この手前こうしなければいけないし、視点がばらばらで決められない。

だけど信念が一本だったら決められるの。自分で決めるんだよ。皆決められるんですよ。ただ決められないのは自分の思いはこれなんだけれど、これ言うと両親に悪いかなとか、こうかなとか、友達の手前こう言った方がいいかなとか色んなことを一瞬で考えちゃうから決められないのね。

だからそういう自分が迷った時、そうなった時、オスカルだったらどうする、と思って決めて、ずーっとそれぐらいオスカルみたいになりたいなと思っていた。

 

自由に生きていいんだ、と教えてくれたanan

 

それでパリには行きたいなと思ってた。あとやっぱりデザイナーになりたいと思ったのは、正直言うと母親もデザイナーだったんですよ。だから子どもの時の服は親が作ってくれてたんですよ。

でもそれ嫌だったの。違うの。流行りのマークとかついてないの。皆流行りの何かついていたりしてるでしょ、それがないやつだから同じようなの作ってもらっても、売ってないやつ。なんで自分だけ嫌だなあと思ってた。

だけどまあそういうことでファッション雑誌とか家にあってその当時のananというのが初めて洋裁じゃないファッション雑誌なのね、あれね。最近はそのとおりじゃないんだけどそれまでの洋服が出てる雑誌って女の人たちが自分の服を作るために後ろにパターンが付いてて。それを使って作れば服を作れるよっていう見本がファッション雑誌だったんです。だけどananが初めて服をどうコーディネイトしたらいいか、どう生きたいかというのを載っけてた。なんか子どもの時に見ても、そこには違う世界があった。

 

K   よく見るファッション雑誌。

 

鈴木  そうですね、だからヴォーグとかエルとか

 

S    昔は作り方とか?

 

鈴木  そうですね。作り方とか。ananはそうじゃないんだけど、前の婦人なんとかとかドレスメーキングとか、そういう服っていうのは必ずそのページの何ページに作り方が付いてる、パターンが付いてるんです。そういう型紙がついていて。服は自分で作る時代が私の前の時代はそう。

だからその中では自由に生きていい世界が映っていて、それがイコールパリだなというのも何となくあって、でパリに行きたかったというのかな。それが行こうと思った(きっかけ)。

 

 

自分以外の全員に反対されてもやりたいこと、とは。

 

I    デザイナーに進むと決めた時に両親とかに言うじゃないですか。その時に言われたことなかったんですか。

 

鈴木  いいこと言いましたね。大反対されました。すっごい反対されました。今思うと反対されたの良かったなと思います。初めてあんな反抗と言うか、大きな声出して両親の前でがーっと言ったのは初めてだったと思います。割と反抗せずに言われるとおりに生きてきたつもりなんだけど、だから多分皆と同じように大学に、そこそこの大学に行くだろうと思ってたと思うんだけど、デザイナーになりたいんですと言って、大学には行かないから、この学校に行きたい。

親に言わせると、多分今から思うと苦労するから普通にしなさいということだったと思うんだけど、私がやりたいんだから。

 

I   親がデザイナーだったから、苦労が色々わかるから止めといたほうがいいよっていう。

 

鈴木  そう。あなたは向いてないって言われたの。でもそれはほんとで。今ファッションデザイナーなんだけれども、丁度この時代にファッションデザイナーなんだけれども人生クリエイターだと思ってるのね。洋服じゃなくて、その洋服を着た人の人生を作るみたいな今そういう時代なんですよ。実は。

だから私がananを子どもの時見てた時はどの服をどう着るっていうところで精一杯だったんだけれども、今はもっと女性たちが成熟して、その服を着てどういう行動するサポートになるというのが役目で、今そういうことをやっているから本当は人が好きだったのね。

先生と言うのも偶然やっていたんだけれども、だからファッションデザイナーになるって言った時に母は本当にあなたが縫物とか好きだったら、もっと子どもの時にやってるって言われたの。でもあなたはすごく自分の意見を言ったり、人間のことは好きだと思うけど裁縫とか黙々と絵を描くとか、女の子って女の子の絵を描いたりするでしょ?ちょうど家の妹が絵を描くのが大好きで黙ってると絵を描いてる。

私はそういうこと一回もやってないから絶対に向いてない。言われてカチ―ンときてね、こんなになりたいと言ってるのに、なんであなた向いてないって言われるんだろうと思って。でもそれはある程度当たってましたね。ある程度はファッションデザイナーをやっていたけれども、普通のデザイナーじゃなくて、もうちょっとその先をクリエイトしたいなとずっと思ってたから今があるんだなあと思いますね。

だから反対された時に、自分がどう思うか。すごく重要なことで、それ意外と後でその時正直に言いたくないけど、ありがとうございますと、そう反対してくれた人に思っておいた方がいい。反対されてもやりたいかどうかわかる訳じゃないですか。何が何でもやりたいかどうか、っていう局面をもらえたっていうことは本当にいいことだなと思うし、あと母親が言うでしょ、「本当にやりたいことは子どもの時にやってるはず。あなたはそうじゃなかった。」と言われたことは正解で、子どもの時に何をやりたかったのかを思い出すことが重要。全員に反対されてもやりたいことは何か。

社会という人の目とかを気にしてなかった頃、自由に時間を使ってた頃に何してたかなと、ちょっと思い出して。その時にやってたこと、結局ね合ってると思う。ある程度青春時代とは普通の一般のこととか常識とかそういうことを勉強した方がいいから、学校とかとっても良い環境だと思うんだけど、でも本当に全部捨ててまで一個やってるかって思うことを考えなくちゃいけない時期になったらその二つのことを考えてみるのはいいことだと思う。

 

 

次回に続きます。

 

 

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