August 31, 2016 by:

Vol.15 普通になりたい

journal_20160831

 

前回から日が空きました。

 

その間、何をしていたかといえば

自分の内面との逃げられぬ対峙を。

 

泣いたり叫んだり恨んだり、

「ない」としていたものが

実は「ものすごくある」ことが分かり

自分って、わたしって、なんなのだ。

それは、どのように決められているのだ、とか

ぼんやりするしかなく・・・

 

という日々を過ごしていました。

 

未だ抜けられてはいないけれど

少しずつ解ってきたような気がします。

 

 

それとは関係ないのですが

(深い意味ではあるのですが)、

私は「普通」っていいな、とずっと思ってきた。

 

なれないのは薄々感じていたので

自分がなろうと思うのは止めたけど、

 

だって、何もしてないのに印象に残られたり

自分は知らないのに、向こうは知ってたり

そーゆーのって、嫌がっても辛くなるだけだ。

 

でも、世の中は「普通にはなりたくない」って人も多くて

(その感想が普通だろ!と毒づいてみたりもしつつ)

普通っていいのに!と違和感があった。

 

今でもニュートラルでいたい気持ちは変わらない。

幅を持つために、どこにでもいける、自由は自覚したい。

 

 

ががが、このところの対峙を通して

 

私にとっての「普通」とは「平凡」ではなかったと。

一般的な普通は平凡ってことですよね。多分。

 

私にとって、普通とは「完璧」のことであると気づいたのです。

 

 

この発見は、衝撃でした。

そりゃ、無理だ。

 

 

人それぞれ、言葉の印象って違うんですね。

 

いつだったか「かっこいいは褒め言葉じゃない」って内容を書こうと思って

考えるうち、私が「かっこいい」と言われたくないだけだと気づいて

そのまま消えてゆきましたし・・・

 

差別用語とかも、そーかも。

 

言葉だけじゃなく、使う対象をきちんと見つめたいですね。

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